詩仙堂 心安らぐ ししおどし 一乗寺エリアその2

ラーメンストリートを後にし、曼殊院道を歩いて詩仙堂を目指す。
10数分ほど歩いて詩仙堂に到着。

白川通りを渡ってすぐの道からは傾斜が急になる。
盆地の京都であるから、このような坂は久しく登っていません。


さて、詩仙堂に到着です。

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曹洞宗大本山永平寺の末寺に属す。
現在は詩仙堂と言われているが、正しくは凹凸窠(おうとつか)という。
詩仙堂は凹凸窠の一室である。

凹凸窠の意味はでこぼこした土地の上に建てた住居のこと。


これまでも神社仏閣を紹介してまいりましたが、
通称が正式名称のようになっている場所が多くあります。
しかし、凹凸窠と聞くと、ピンと来ず「何のこと?」となりますね。
詩仙堂と言う名があってこその人気寺社なのかもしれません。


詩仙堂の名前の由来は中国の漢晋唐宋の詩歌三十六人の肖像を
狩野派に新風をもたらした画家である狩野探幽に描かせ、
その絵に上記詩人の各詩を石山丈山が自ら書き、四方の間に
掲げた。この詩仙の間を中心としているところから詩仙堂と
呼ばれる。


その詩仙堂を含めた建物は石山丈山が隠棲のために建築。
時期は寛政年間(1789年~1801年)
建物は多少の変更があったものの、災害等には遭っておらず、
建築当時の姿を庭園とともに見られる。


丈山は若かりし頃に家康公に仕え、近侍となる。
33歳の時の大坂夏の陣において勇躍先登の功名を立てた後に
徳川家を離れて専ら文人として生きていく。
彼は隷書、漢詩の大家であり、煎茶の開祖である。

詩仙の間からの風景

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何も考えずにただぼーっと静寂のなかに身を置きます。
すると一定の間隔でししおどしの「コンッ」とした音が
響き渡ります。

続いてはお庭を散策。
詩仙堂の庭園は上段中段下段に分かれています。
まずは上段を歩き始めると、早速あの京都らしい音を
響かせる「ししおどし」を見つけます。

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中段に移動すると、椿の木が多くあります。
もう時期ではありませんが、最盛期には綺麗に咲き誇っていた
ことでしょう。

最後に下段を見て、詩仙堂を後にします。

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こんな風情があるところで余生の30年あまりを勉学に励む
というのは素敵ですね。

この後の道のりが険しかったのです・・・


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